表具には独特の技術があり、それは先人が発達させた知恵であります。
このページでは表装技術について一部紹介していきます。
裏打ちは、掛け軸表装において最も基本的な技法であり、作品(本紙)を表装する一番初めの工程です。 本紙や裂地の裏に和紙を貼り合わせることから「裏打ち」と呼ばれます。
軸装では、完成までに最低3回の裏打ちが行われます。その中で最初に施される裏打ちは「肌裏」と呼ばれます。 肌裏では、本紙の色料定着を助け、補強を行います。また、裂地の場合は固定化と補強を同時に行い、表装しやすい状態に整えます。
乾燥後に行われる「増裏」は、肌裏が打たれた本紙や裂地の厚みを増しつつ、しなやかさを加える工程です。特に掛け軸は巻いて保存されるため、表装全体のしなやかさが重要視されます。
その後、本紙と裂地を組み合わせ、さらに全体に裏打ちを重ねます。最後に行う「総裏」は、表装全体の一体化と厚みの補強を目的とした最終工程です。 総裏で使用される紙は、仕上がった掛け軸の裏面として見えるため、美しい紙面を持つ宇陀紙が用いられます。
仮張りとは、無地の襖のような台に、裏打ちを施した本紙や裂地の四辺を貼り付けて乾燥させる工程です。
裏打ちされた紙は、そのまま乾燥させると自由に縮み、平らで真っ直ぐな面を保つことが困難です。 そのため、裏打ち後は仮張りに貼り付け、均一に張って乾燥させます。 仮張りへの張り具合は、最終的な掛け軸表装の仕上がりに大きく影響するため、慎重に行う必要があります。
画像は仮張りに貼り付けている様子です
表装に使用する糊やその濃度は、本紙の保存状態に大きな影響を与える重要な要素です。 特に肌裏打ちの工程で使用する糊は、本紙に直接作用するため、古くから実績のある澱粉糊が最も望ましいとされています。
しかし澱粉糊は湿度の高い環境では、仕上がった表装にカビが発生することがあります。また、化学糊と比較すると硬めに仕上がる傾向があり、作品のしなやかさに影響する場合があります。 これを補う方法として、古糊を併用することがあります。古糊とは澱粉糊を発酵させたもので、抗黴性に優れています。 しかし作成には長い時間を要し、大量に作り置くことは難しいため、化学糊との併用を工夫する必要があります。
近年では、表装専用の化学糊も開発され、澱粉糊よりもしなやかに仕上がり、多湿の環境でもカビは発生しにくいです。しかし、歴史は浅く、長期保存における実績はまだ限定的です。
当店では、カビの発生リスクを考慮し、基本的には化学糊を使用しています。総裏打ちや古い本紙の裏打ちには、澱粉糊や古糊を適宜併用しています。 また、糊の濃度は乾燥後でも水分を含ませれば紙を無理なく剝がせるよう常に調整しています。 糊の濃度は経験によって培う感覚であり、口頭や文章で完全に説明できるものではありません。
和紙には一定の寸法があるため、表装の工程では必ずどこかで和紙同士を接ぐ必要があります。 しかし、和紙をそのまま重ねて接ぐと段差が生じ、将来的に折れの原因となったり、継ぎ目の形が表面に現れたりすることがあります。
そこで用いられるのが「喰い裂き接ぎ」という表装特有の技法です。この方法は、和紙同士の段差を抑え、継ぎ目を目立ちにくくする効果があります。
まず刷毛などの先に水を含ませ、和紙の上に細く線を引きます。その線に沿って和紙を裂くことで、断面が自然に毛羽立った状態になります。 この毛羽立った断面を「喰い裂き足」と呼び、その部分同士を重ねて接ぎ合わせます。
特に軸装の総裏打ちでは、この合わせ具合が仕上がりを大きく左右します。重なりが少ないと継ぎ目が薄くなり、表から透けて見えやすくなります。 一方で重ね過ぎると厚みが出て、新たな折れを生じる要因となります。そのため、喰い裂き接ぎには確かな経験と判断力が求められます。
経年劣化した掛け軸や巻物には、所々に折れや裂けが生じることが少なくありません。 それらを修理・修復していく際に用いられる技法の一つが「折れ伏せ」です。
折れ伏せとは、本紙に生じた折れの箇所を裏側から、細く裁った和紙で部分的に補強していく作業を指します。
幅およそ2mm程度に切った和紙の中央に、常に折れた箇所がくるよう位置を定めて貼り付けていくため、非常に根気を要する工程です。 もし貼り付け位置がずれた場合には、かえって力が集中し、折れを助長する結果となってしまいます。
また、使用する和紙には強度と厚みのバランスが求められます。 厚すぎる紙は新たな折れを生む要因となり、反対に強度に乏しい紙では十分な補強効果が得られません。
表装において糊の濃度は、できるだけ薄いほうが望ましい場合が多くあります。 特に掛け軸の軸装では、最低でも三回の裏打ち工程を経る一方で、厚みを増やしながらも、巻くための十分なしなやかさを失わない仕上がりが求められます。
そのため、増裏や総裏では薄い糊を用いて裏打ちを行い、そこに「打ち刷毛」による打ち込みを加えることで、和紙同士の接着力を高める方法がとられます。 打ち刷毛による打ち込みによって、和紙の繊維同士が絡み合い、糊の量を抑えながらも強固な接着が可能となります。
また、この工程で生じる刷毛の毛先による細かな打ち込み跡は、乾燥時間を短縮し、表装全体のしなやかさを増す効果ももたらします。
打ち刷毛は一般的な刷毛とは形状が大きく異なり、表具道具の中でも特に特徴的な道具のひとつと言えるでしょう。
軸装の最終工程では、仮張りから外した表装全体を、裏側から数珠状の道具で擦る「裏擦り(数珠擦り)」を行います。
この作業によって、これまでの裏打ちや糊付けによって生じた強張りを和らげ、表装全体にさらなるしなやかさを与えていきます。
かつてはムクロジの種子を連ねた数珠が用いられていたそうですが、現在では水晶やガラス球などの道具が使われることが一般的です。
表装の工程を知ると、「なぜこの仕立てになるのか」という疑問が生まれます。
表具全体の考え方については、こちらで詳しくまとめています。
表具について|表装の考え方と判断軸