裂地は、表具において見た目だけでなく、作品の格・用途・将来の修復まで関わる重要な要素です。
織り方や素材の違いは、そのまま表装の性格を左右します。
裂地は、価格や格だけで選ばれるものではありません。
作品をどのような場で、どれくらいの時間にわたって支えていくのか。その目的と役割に応じて、ふさわしい素材が選ばれます。
金襴には織り込む金糸によって本金襴・合金襴・新金襴があります。
本金襴は、製造工程において本金箔を加工した金糸を織り込んだ裂地で、表具に用いられる裂地の中でも最も格の高いものの一つです。 そのため、他の金襴と比べて価格は高くなります。
縦糸・横糸の両方には上質な絹糸が使用されます。
蚕から作られる絹糸は「正絹」と呼ばれ、
正絹を取った後の副産物などから作られるものは「絹紡糸」と区別されます。
本金襴では、縦横ともに正絹を用いるのが基本です。
本金襴の大きな特徴として、金の変色がほとんど起こらない点が挙げられます。 金は化学的に安定した金属であり、経年変化や外部環境の影響を受けにくいため、 長い年月を経ても裂地の美しさを保ちやすいという利点があります。
合金襴は、製造工程において合金箔を加工した金糸を織り込んだ裂地です。 本金襴に比べると使用される金糸の素材が異なり、価格や扱いやすさの面で選択されることが多い裂地です。 金糸以外の部分には、縦糸・横糸ともに正絹が使用されることが一般的です。
また、「交織合金襴」と呼ばれる裂地も存在します。 これは、横糸に絹糸を用い、縦糸に人造絹糸を組み合わせたもので、 素材構成を変えることで価格や風合いの調整が図られています。
なお、合金襴において綿糸を使用した裂地はほとんど見られず、 主に絹糸を中心とした素材構成が用いられています。
新金襴は、金糸にアルミ箔を加工した糸を用いて織られる裂地です。 本金襴や合金襴とは異なり、金属素材にアルミを使用することで、 価格を抑えつつ華やかな意匠を表現できる点が特徴です。
金糸以外の糸には、縦糸・横糸ともにレーヨンや各種化学繊維、綿などが広く用いられます。 これにより量産性に優れ、現在では御朱印軸や装飾性を重視した表装などで多く使用されています。
一方で、アルミ箔を使用した金糸は経年による変色が起こりやすく、 長期保存や格式を重視する作品には不向きな場合があります。 そのため、新金襴は用途や目的を見極めたうえで選択される裂地と言えます。
無地以外の金糸を用いない裂地には多彩な文様と種類があり、表具では主に緞子・遠州緞子・錦に大別されます。
落ち着いた色調や文様表現を活かせることから、鑑賞性を重視する掛け軸や、空間に静けさを求める表装で多く用いられます。
緞子(どんす)は、縦糸と横糸にそれぞれ一種の絹糸を用い、織りの組み合わせによって文様を表現する織物です。
縦横に用いる糸の色は同色の場合もあり、色の違いだけでなく織り組織によって文様が浮かび上がる点が特徴とされています。
上質な絹糸を用いることで、表面にはやわらかな光沢が生まれ、表装においては品位と落ち着きを備えた裂地として用いられます。
遠州緞子(えんしゅうどんす)は、表具に用いられる裂地の一種を指す場合と、茶人・小堀遠州の好みに基づいて選ばれた意匠や配色の裂地を指す場合の、二つの意味で用いられる名称です。
織物としての遠州緞子は、一般的な緞子に比べて光沢が控えめなものが多く、織り方によっては一度に通す横糸の本数を増やして織られる点に特徴があります。
横糸を複数本用いる場合には、その本数に応じて「二丁遠州緞子」「三丁遠州緞子」などと呼び分けられますが、横糸一本で織られる遠州緞子も存在します。 横糸を重ねることで、複数の色を用いた奥行きのある文様表現が可能になります。
もう一つの側面として、遠州緞子は小堀遠州の美意識を反映した裂地を指す名称としても用いられます。 遠州が好んだ裂地には複数の系統がありますが、特に知られているものとしては、異なる色を配した石畳紋に唐花や七宝文様を組み合わせた意匠が挙げられます。
経糸(たていと)・横糸(よこいと)の双方に複数の色糸を用い、複雑な組織によって文様を織り上げる織物を「錦(にしき)」と呼びます。
錦には、大陸から伝わった文様や意匠の影響が色濃く見られ、唐草文様や幾何学文様など、多彩なデザインが織り込まれてきました。
多色の糸を組み合わせて織ることで、錦特有の華やかで奥行きのある色彩表現が生まれますが、 その反面、糸を重ねて織られる構造上、裂地に厚みが出やすく、掛け軸や巻物として仕立てた際に、巻いたときのしなやかさがやや損なわれる場合があります。
裂地の選択は、表具における素材判断の一部です。
表具全体の考え方については、こちらで詳しくまとめています。
裂地の選択は、素材そのものの良し悪しではなく、作品・用途・時間を見据えた判断の積み重ねによって決まります。
表具について|表装の考え方と判断軸