表具で使う糊には、長い時間をかけて寝かせた「古糊(ふるのり)」があります。
当店でも古糊を仕込んで保存していますが、平成28年と平成30年に仕込んだ糊が、最近になって変化を見せました。
十年近く保存していた古糊の表面に、カビが現れ始めたのです。
仕込んでから二、三年ほどはほとんど変化は見られませんでした。
一般的にはあまり良い印象のないものですが、古糊では、このカビが現れる状態が一つの目安ともなります。
長い時間の中で、環境中の微生物が関わり始めた変化の一つとも考えられます。

古糊とは
古糊とは、小麦デンプンから作った糊を水甕の中で長期間保存したものです。


仕込んだばかりの糊は粘りが強く接着力も高いのですが、時間の経過とともに粘りが落ち着き、穏やかな性質へと変化していきます。
また、カビが発生した環境に糊を置くことで、耐カビ性を持つようになるともいわれています。
高野山は周囲を山に囲まれた土地で、湿度も高く、カビへの対処が常に求められる環境です。そのため、糊の性質も仕立てに関わる要素の一つとなります。
このように時間による変化を利用した糊が、表具や掛け軸の修理の場面で用いられています。
糊の素による性質の違い
糊の性質は、糊の素の状態によっても違いがあるとされています。

糊の素である小麦粉からグルテンを取り除いた小麦デンプンは、
- 上記写真のように一度乾燥させた状態
- 乾燥させず、湿気を残した状態
の2パターンが存在し、どちらからでも糊を作ることができます。
文献によると、
- 乾燥させた糊の素から作った糊は 中性に近く
- 乾燥させずに炊いたものは 酸性に傾く
という違いがあるとされています。
糊は紙や裂地と長く関わる材料のため、このような性質の違いも仕立てや修理を考えるうえで興味深い点です。
時間も材料の一つ 古糊の変化
古糊は、仕込んですぐに完成するものではありません。
年単位の時間を経ることで、少しずつ性質が変化していきます。
平成28年に仕込んだ糊は、もう十年近くになります。
その表面に現れた小さな変化を見ながら、表具という仕事には、人の手だけでなく時間そのものも関わっているのだと感じます。
新しく仕込んだ糊
糊は大寒のころに仕込みます。これは使用する水に雑菌が繁殖しにくい寒の水が良いとされていたからです。
高野山の冬は冷え込みも厳しく、糊を炊く季節になると山の寒さをあらためて感じます。


今年の大寒に新しく糊も炊いて仕込みました。
今はまだ新しい糊ですが、これもまた時間とともに少しずつ変化していくことになります。
いま仕込んだ糊がどのような状態になるのか。
十年後にまた見比べるのが楽しみです。
高野山での表具の仕事や、その考え方については、こちらのページでも紹介しています。
