に色にまつわる女神様

高野山はすっかり紅葉が終わり、落葉しきった樹が見られ始めてます。気温一桁の天気もあり、いよいよ冬到来です。

高野山を下ったところに天野という地域がありまして、そこには丹生都比売神社があります。私はこの神社が大好きでよくお参りに行きます。

ここは高野山ととても深い関係があり、ご祭神である丹生都比売大神の御子である高野御子大神が弘法大師を高野山へ導かれました。そして今もなお高野山の守護神として祀られております。

丹生都比売大神の丹(に)という字は朱色の岩絵の具を指しています。水銀の鉱物から採れる丹は、貴重な鉱物で海外では賢者の石と呼ばれていました。水銀鉱脈がある地域には丹生と名づけられたところが多く、それら全国の丹を支配する一族の祀る女神が丹生都比売大神とされております。

神社は静かな場所で森を背景に立派な丹色の楼門がデンッと建ち素晴らしい景観を見せてくれます。私は、お参りのたびに表具の技術向上を願いますが、お門違いで神様方も困惑されているやも知れません。

毎月16日は御神犬のすずひめ号(紀州犬)がご神前にご参拝します。真っ白なかわいいお犬様ですよ(まだ会ったことないけど)

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葉に付くダイヤモンド

天蚕

先日、知り合いの方から薄緑色の繭をいただきました。貴重なものだそうです。

普段、我々がとてもお世話になっている絹糸は家畜化されたカイコガ(家蚕)が作る白い繭からいただいています。このカイコガは人の手無しには生きていけない野性を忘れてしまった子なのです。古代中国で養蚕が始まり、やがて日本に伝わり卑弥呼の時代からずっと絹糸を提供してくれています。

変わってこの度いただいた薄緑の繭はヤママユガの繭で野生の子なのです。桑の葉を食べるカイコガと違いヤママユガはクヌギやコナラの葉を食べて大きくなり、やがて薄緑の繭を作ります。たまに山の中で、この薄緑繭を見つけられるようです。今は長野県などで人が管理しながらヤママユガの養蚕をされていますが、その管理がとても難しくカイコガのようにはいかないみたいです。

カイコガ繭が家蚕と呼ばれるのに対し薄緑のヤママユガ繭は「天蚕」と呼ばれます。他にもヤママユガの仲間が作る繭で黄色や薄茶の繭があり、それぞれ「柞蚕(さくさん)・クス蚕」と呼ばれます。繭って意外とカラフルなんですね。

天蚕からも糸は作れるようですが、なかなか高度な技術がいるようです。しかも取れる糸は家蚕と比べて半分ほど。それでも天蚕の糸は綺麗な光沢のある薄緑をした糸になり「繊維のダイヤモンド」なんて呼ばれるほど美しい糸に仕上がります。我が家の繭はダイヤモンド原石状態ではありますが、この繭の背景エピソードを知れて、このままでも十分に楽しませてくれます。

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本金の強み

前回の台風は本当に怖かったです。高野町は倒木・停電などの被害があり、主要な道路は通ったもののまだ所々で木が寝ている状態です。高野山奥の院が倒木による墓石への被害が大きいようです。台風はもう勘弁してほしいです。

さて、表具で使う裂地のなかで金糸を織り込んだ金襴があります。その金襴でも本物の金を使った本金襴、合金を使った合金襴、アルミ箔をベースにした新金襴などがあります。

それぞれの金糸は技術の向上もあり見た目に大差はありません。では、どこで差がついてくるかというと、やはり耐久度であると思います。

まず本金襴は金糸の変色がほぼ起こりません。江戸時代に作られた金襴でも金色を保ってくれます。そして、金糸以外の糸も絹を使用しますので、綿などに比べ耐久性が高い です。しかし、お値段はなかなか張ります。

本金襴

上の画像は、古い本金襴です。

合金襴は金糸の変色がありますが、新金襴に比べ長期間金色を保ってくれます。しかし新金襴は変色が目立つことがあります。

新しい新金襴

古い新金襴

上の画像は同じ文様の新金襴の新旧です。昔に作られた新金襴ということもありますが、古いほうは特にきつく変色しています。

ある日、裂地業者さんが言うには、かなり古い掛け軸の表装を見たときにどの金襴も金糸が変色していなかったそうです。つまり昔、表装に使われた金襴は本金襴しかなかったということです。なんとも景気の良い話じゃないですか。と思いますが、それも当然で、ただ合金襴・新金襴などが開発されていなかっただけなのでした。それでも黄金の国ジパングなんて言われただけあって、日本って昔からたくさん金が採れるのですね。

当店に来られる古い掛け軸でも表装に本金襴が使われている場合、金色の具合ですぐわかりますので表装に違和感が出ない限り再利用(締め直し)をおすすめしています。古い本紙には古色がついた裂地が圧倒的に合いますからね。

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色色々

まさかのダブル台風が襲来しました。皆様の地域は大丈夫でしたか。当店の周りは杉林ですので大量の杉葉を掃除することになりました。でも、その程度で済んで良かったです。

掛け軸を表装する際、裂地の組み合わせが決まるとノートに裂地の色名・文様名などを控えるのですが時々微妙な色合いの裂地があり、何色と書いておこうか迷うときがあります。そんなときは「和の色事典」という本を参考に色名を書いております。

その本によりますと日本の色名は500の固有名と100の色調の組み合わせからできているそうです。パッと見、同じ色でもわずかな差がついており、それぞれの色に名前をつけている感性がとても日本らしいと思えます。今回は本の中からいくつかグループに色をまとめて見ました。

まず、葉やある花に着目した色を集めてみました。

若葉 色

梅 色

藤 色

藤色グループは同じ名前で青みと赤みの色があるようです。次は稲の成長順に色を並べられました。

稲 色稲穂色が見つけられなかったので「黄金色の稲穂」ということで。お茶の色もありました。

 

お茶 色

おもしろいのが煎茶の色です。緑の煎茶色になるのは江戸末期のことでそれまでの煎茶は茶色だったそうです。

変わった色名がありました。

とうもろこし 色

この色「とうもろこし色」だそうです。江戸中期に大流行したとか。今のとうもろこしとちょっと色が違いますね。もう一つ変わった色。

ラッコ 色

この色「猟虎色」といいます。ラッコ色だそうです。日本じゃそんなに見られなさそうなラッコですが江戸時代には知られていたようです。

こうやって見ると日本人って本当に繊細な感性を持っているのだなと思います。巷には500色色鉛筆って売っておりますが、まさか日本発祥なのかな...

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塗って良し。食べて良し。

大きな爪あとを残して梅雨が明けました。被災された方々が一日も早く平穏な生活が戻りますよう、お祈りしております。近年、この時期の雨の降り方がおかしくなってしまいましたね...

さて、皆さんはお刺身に添えられたツマや海藻サラダに入っている赤紫色の細長い海藻をご存知でしょうか。あれフノリって言うものです。乾燥タイプも売っています。

で、その食品であるフノリは表具でも使われます。私は食べられるもので作業をしていた事実を知ったとき軽い衝撃を受けたことを覚えています。

表具に使う場合は、まず乾燥された状態のフノリを水で戻し煮ます。(下画像が乾燥フノリ)

乾燥布糊

そして煮出した液を濾します。するとトロトロとした液体が採れます。

布糊

このフノリ液は表具で仮接着に使用されます。たとえばボロボロになった本紙の裏打ち紙を取り除く際、本紙がバラバラにならないように表面に和紙をフノリで貼り付けます。この作業により裏打ち紙がなくなった後もバラバラになることなく形を保つことができます。フノリで貼った和紙は乾燥してからも加水することで簡単にめくることができます。

また茶室の壁に低く和紙を貼る「腰貼」はフノリを使い貼ります。フノリを使うことで土壁の剥がれ防止の効果があるのです。

フノリの歴史は古く、表具以外でも活躍しております。特に織物の糊付けに使用されたことからフノリは漢字で「布海苔」となったそうです。

また相撲力士の廻しに付ける紐(さがり)は十両以上になるとフノリで固められます。各場所開催中、テレビで早い時間の取り組みを見ておりますとまだフノリで固められていない紐をした力士が見られます。他にもシャンプーや石鹸などになったりと様々な使い方をされています。

しかしフノリの採取は今でも手摘みで採られており、採取量も多いわけではありません。たくさんの用途があるけど希少な万能選手なのです。

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やっちまいました。

この前、私用で漆を扱うことがありました。小麦粉と漆を混ぜると「麦漆」と呼ばれる接着剤になります。主に割れた器をつなぎ合わせることに使用され「金継ぎ」にも使われます。

私はその麦漆を使い、接着していたのですが漆の脅威を甘く見ていたのが良くありませんでした。漆といえば「かぶれる」で超有名です。もちろん私も知っていましたが、謎の自信で何の保護もなく素手で扱ったのです。接着中、指先10本に少し漆が付きましたが特に焦ることなくふき取って手を良く洗い、はいおしまいでした。

悲劇はその二日後...

左の手首をかわきりに顔・足・腹と全身に蕁麻疹が出て日に日にひどくなっていくのです。それに伴いかゆみが増していき、もうてんてこ舞い。

結局、約三週間かゆみに襲われました。

漆には「ウルシオール」という物質があり、これが原因のアレルギー反応で症状が出るそうです。過敏な人は山の中でウルシ科の木の傍を歩くだけで症状が出るそうですよ。

そんな漆も正しく使えば素晴らしい塗料になり、耐久性は抜群のものがあります。

漆塗りは表具の中で襖の縁や掛け軸の軸先に使われます。触れるとしっとりとしていて美しい質感を出してくれます。しかし、お値段はなかなかに張ります。

他にカシュー塗りというものがあります。これは食べるカシューナッツの殻から作られる塗料で漆には劣りますが、それでも優れた耐久性を持っています。また、塗装工程も漆に比べ簡単で、価格も控えめです。

話が逸れましたが、結論は「かぶれると言われているものはかぶれるので謎の自信を持たず用心して扱おう」ということです。身にしみて勉強になりました。

ちなみに一度かぶれると免疫ができ、次回は「かぶれない」か「軽症ですむ」そうです。例えそうであっても二度と御免なので次回から手袋必須ですけどね。

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木の瓜のお話

暖かかったり寒かったり不安定な気候が続きますね。高野山は暖房器具が今も頑張ってます。

高野山はご存知の通り、お寺がとても多いです。よって襖も多いです。その襖には、開けるために引手が当然ついております。中でも要所要所に「御殿引手」という引手が使われます。

御殿引き手

これが御殿引手。とても豪華な引手です。

御殿引手は「木瓜(もっこう)紋」の形をしております。ある日、この引手を見て私は、この木瓜とは何ぞやと思ったわけです。

私の知っている木瓜とは「瓜の輪切りを図案化したもの」だったのですが調べてみると諸説ありました。もちろん瓜の輪切りも一つです。

この文様は中国発祥で、中国では「窠文(かもん)」と呼びます。窠とは鳥の巣を意味し、巣を上から見た形を図案化したといわれています。このことから子孫繁栄の願いが込められた文様なのです。

それが日本に伝来します。平安時代、御簾などの上部を装飾する「帽額(もこう)」という布に描かれていた文様が窠文で「帽額に描かれた紋」で「もっこう紋」となったという説もあります。

また、瓜は女性の象徴を意味し、その瓜を図案化することで子孫繁栄を願ったとか、中国神話の東王父が持つ瓜の伝説から瓜文様が好まれたとか、とにかく縁起の良い文様なのです。

木瓜紋

これだけ木瓜紋が並んでいると、なんだか縁起の良いことがありそうな...

この文様は元々、中国の官用文様であったことから公家の方々に好まれたそうです。また、文様に込められた意味もあってか武家の家紋にも、よく使われます。

少し話が変わって、同じ木瓜紋でも様々な変形があり、中でも「五瓜に唐花」は京都の八坂神社の御神紋です。(もう一つが左三つ巴)

その五瓜に唐花がキュウリの断面に似ていることから祇園祭の期間はキュウリを食べない方がいるらしいです。

また、違う変形で「木瓜渦」なんてものがあります。

木瓜渦

この文様はお寺の建築に彫り込まれていたりします。日本最古のものが広島県にあり16世紀代の建築だそうです。

改めて「木瓜紋」について調べてみると、昔々から親しまれてきた縁起の良い文様だということがわかります。ただの瓜の断面じゃないんです。

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欄間額の前身?

高野山は、ようやく桜が咲き始めました。

この前、鳥獣戯画の手ぬぐいをいただきました。それを見てあるものを作ろうと思いつきまして...それは「横被(おうひ)」と呼ばれるもので中国独自の表装です。巻子と欄間額の間といった形をしております。

横被

横被の面白いところは、まず観賞するときは左右の棒に穴が開いており、そこへ釘を刺し壁へ打ち付けるところです。

横被2

横に長い場合、途中にも釘を打ち安定させるために「乳(ち)」と呼ばれる出っ張りがついています。

横被3

そして、収納時には巻子のように巻くことができます。通常、巻子などは丸い軸棒がついていますが横被の場合、半円の軸棒が二つ並んでついています。巻くときは、その二つの軸棒が重なり、丸い軸棒となって巻くことができるのです。

横被4

横被5

私が横被を作ったのは、これが二回目で「知る人ぞ知る」表装って感じです。滅多に注文はありません。

横被について調べてみると、”僧が七条以上の袈裟 (けさ) を掛けるとき、別に右肩に掛ける長方形の布”といった記述があり、「法衣としての横被」が出てきました。その横被の様子が「表装形式の横被」と似た形をしているので、歴史を辿れば同じ発祥に着くかもしれませんね。

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芽吹きの季節

蕾

春らしい気候になってきました。庭の新芽たちはカモシカの餌食になっております。

高野山には古くから「高野紙」と呼ばれる和紙があります。これは高野山麓の村々で漉かれていました。近年、ユネスコの無形文化遺産に登録された和紙の中にある「細川紙」は、この高野紙がルーツとされています。そんな高野紙も需要の減少とともに漉き手が少なくなり、その技術が途絶えようとしていました。しかし、十数年前から高野紙復活に向け「和紙の会」が作られ、飯野尚子さんによって紙漉きの技術は受け継がれております。

その飯野さんとお話しする機会があり話の中で、おもしろい和紙の加工技術を教えてもらいました。それは「打紙」と呼ばれるものです。

打紙は、加工工程をざっくり言うと乾燥させ完成した和紙に「ネリ」という紙漉きに使われる液体を塗布します。塗布した紙を何十枚か重ね、木槌で上から全体を叩きます。これを行うことにより繊維が潰され、紙の厚みは元の3分の1ほどになります。表面はツルツルになり、しなやかさもプラスされるのです。私も加工前後の紙を触りくらべ、表面のツルツルとしなやかさに驚きました。

打紙

画像で、なんとなく加工後が薄くなっているのが見てもらえると思います。

打紙加工前

加工前は横に漉き簾の跡が見えます。しかし加工後は、その跡がなくなり全体にツヤが出ています。

打紙加工後

この打紙加工は、平安時代で既に存在し、この時代の漉いた和紙には必須の加工だったのではないかといわれています。しかし時代が進み鎌倉時代になると、打紙加工は少なくなり稀に加工されてあるとビックリされる、そんな移り変わりがあったようです。

打紙加工された紙は筆のすべり・墨持ちがとても良く、筆先まで綺麗に書け、特に仮名文字を書くときに、この特長が十分に発揮されるようです。

和紙は歴史が古いですし、私もまだまだ知らないことがあると思います。表具の裂地もまたしかり・・・普段使っている道具材料一つひとつを採っても知らないことがたくさんあるのでしょう。でも、その知らない知識に触れるきっかけがないと知りたくても知りようがないと思います。だから今回、打紙について教えていただけた飯野さんには、深く感謝いたします。

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ほぼ経過報告です。

毎日寒いです。今年は厳しい寒さが続き、雪もプラスされて参っております。

さて、この時期毎年恒例の古糊の水換えと、今年は糊の仕込み作業を行いました。古糊とは何ぞやという方はこちらをご覧下さい⇒古糊作り~前編~

昔仕込んだ糊たちは順調に水面カビだらけにしております。

古糊の様子

表面のカビを程々に取り、水を入れ替えます。

古糊の様子2

二年前に仕込んだ糊は発酵臭を感じますが、わずかのカビ発生でおさまっています。実物を見ないと水入れ替え後と大差ない見た目です。

古糊3

今年は新たに一甕、糊を仕込みました。その時の糊炊きの様子を動画にしてみました。

以上、経過報告でした。

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